2009年11月4日水曜日

サクラダリセット

乙一絶賛で各所で話題沸騰とのことで、そしてイラストは椎名優。
「本好きな人ならいずれ読むんだから今読んどけ」という誘い文句に惹かれて買いましたが、2巻は保留するつもり。 つまり逆に考えるんだ。必ず有名になるんだから有名になってから読めばいいじゃないか。(明日でいいことは全部明日にまわすんだ!)

内容は超能力が当たり前にある世界でのミステリー。
超能力を持った少年少女が、それを管理、看視している、政府関連の組織を通じて依頼される事件を解決していくお話。

超能力があるんじゃミステリーとして何でもアリすぎて、トリックやら行動原理なんかが全く読めなくなって、読者が謎解きをしようとすると困る可能性もあります。でも、私はミステリーを読むことがほとんどなく、そして自力で解くことを目指さない人間なので、とりあえず問題なし。しかし、それがゆえに、そのへんのこと(ミステリーとしてどうか)をここで論じることはできません。
正直、ミステリーとしては読者側からは解けないというか、解くべき謎がとちゅうでどうでも良くなっていってしまっている感じ。作品中で明らかになっていく真相のなかの、何を予測できれば読者の読みは「当たった」と呼べるのでしょうね? ……じゃあ、ミステリーじゃないのかな?

それから、視点の切り替えが時々出てくるけど、今一誰視点なのかの印象が薄く、かつ誰の視点から見てるのかが分からないで読んでると状況が理解できなくなってくる。そこが読みづらかった。

この巻では、登場した人物らの能力が紹介しながら1つの事件を解決します。しかし、主人公の過去やヒロインの人格形成、超能力を管理する組織なんかに関して様々な謎を含んだままで終わっています。1巻で扱った事件はしっかり完結しましたが、続きものと考えていいでしょう。

次回以降は、今回出てきた能力はフル活用で進行していくことになるのでしょうか。
そうなると、今回現れた中では一番の成長株候補というか、ミステリー的に主人公らの「リセット」と同じくらいにバランスブレイカーなあの能力がどう生きてくるかが気になります。

↓↓↓ネタバレ反転
作中では「幽霊」が登場します。その前から、「吸血鬼騒動」みたいのも起きていたりして、「もしそんなのがいたとしても、それは吸血鬼らしき『能力』を持った超能力者だろう」というのが作品中の登場人物らの考えなのですが、実際、登場した「幽霊」というのも、いわゆる超能力の1つになります。
作品中での組織の人の説明いわく、「情報を保持する能力に優れ、たとえ死んでも情報を残せる」というのがその人の持って生まれた超能力だったのだとか。

こうなると、この人はミステリ上最強の捨石と呼べましょう。
「……じゃあ、この容疑者の尾行、やってもらえないかな?」
「えー、そいつ結構ヤバい奴なんでしょ?何人も殺してるっていうし」
「大丈夫、君ならドラゴンボールで生き返られる
「やだよー。私死んだ経験なんてないから。どうなるかわかんないと怖いじゃん」
「俺の記憶の中だと、もう5回は死んで幽霊になってるんだけどね、君」
「そうかー、もうそんなになるんだね。……でも、私死んだときのこと覚えてないんだよね」
「死ぬたびリセットしてきたからね。リセットしないと、君は本当に死んだことになっちゃうし」
「あー、でもちゃんと能力を発現させられるかわかんないよ?私、力使うのこれが初めてだし。……少なくとも、私の記憶の中では」
「うん、実際、3回くらい合流に失敗してることあるんだよね。そのときは時間ギリギリでリセットして、再挑戦かな」
「マジ怖いって!……ねえ、ところで、この人の尾行は何回目?」
「これで2回目。前回は上手くいかなかったんだ。今度こそ、おねがい」
「えー、やっぱ私死ぬんじゃん。いやだよー!」

……という会話が繰り広げられるに違いない。コナンの麻酔のおじさん以上に不憫。
実際のところ、今回は死んだときの状況は覚えてないんですよね。それは今回の死に方がちょっと特殊だったからの可能性もあるんですが。



実はこの本の感想を書こうか書くまいか考えていた段階でようやく思い至った能力の活用法なのですが・・・どうなるんだろう?

2009年11月1日日曜日

wikipediaで問題を含むかもしれない記事

wikipedia関連で、もういくつか。

イラク日本人青年殺害事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E9%9D%92%E5%B9%B4%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6

ご両親はあまり騒いでほしくないとのことだったとは思うんですが、

海外のwikipediaには殺害当時の映像の、声明発表中?の画像が張られています。記事そのものはどうあれ、これの写真については、両親が肖像権を主張すれば、削除が認められることかもしれません。顔は出てないけど。

http://en.wikipedia.org/wiki/Shosei_Koda


それから、以前にもちょっと書いた、モンティ・ホール問題を読んで気になったこと。
この記事ではモンティ・ホールの番組で起こったことと、回答者のIQの高い女性の雑誌コーナーの情報が微妙に混じっているような。ていうか、テレビ番組と雑誌と、どっちで起こったことが問題なのさ。問題があるのは出題者?回答者?

英語版を読んでみると、ちょっとだけ記述が異なることがわかります。

私が読んだ限りでは、初出:モンティ・ホールのThe dealというテレビ番組
問題になった場面:マリリン・サヴァントの雑誌上の1コーナー
問題:モンティ・ホールが出した問題と、雑誌上での設問に致命的な違いが紛れ込んでいた。そのせいで、テレビ版と雑誌版での問題の正解が別々に存在するようになってしまった。
マリリンはテレビ側の問題についての正解を出すが、雑誌上での設問への答えを書いているわけなので、「『雑誌上の問題の答え』はそうじゃないですよ」と一部の人が指摘。マリリンがその指摘を受け入れず、一般読者、さらに多くの大学関係者も含めて問題に

ということでしょうか?

参考にした当時は、上のような内容だったのかもしれませんが、少なくとも、そこから書き直されるようなことがあったのかもしれません。

私はこの問題について詳しいわけでもないので、wikipediaの書き換えは行いませんが。

英語版wikipediaより。(2009/11/1)
http://en.wikipedia.org/wiki/Monty_Hall_problem

(Krauss and Wangによる正しい出題例 2003:10発表)
3つのドアがあり、それを選ぶように言われました。1つのドアの向こうには車があり、他にはヤギがいます(こちらはハズレになります)。
車とヤギはショーが始まる前、ランダムに(無作為に)それぞれのドアの後ろに配置されます。ゲームのルールは、次のように示されます。
あなたが1つのドアを選んだ後、そのドアはそのときはまだひとまず閉じたままにされます。しかし、ゲームショウのホスト(モンティ・ホール)は、ドアの後ろに何があるのかを知った上で、残り2つのうちのどちらか1つを開かなければなりません。そして、そのドアの後ろにはヤギがいるにちがいありません。
どちらをあけてもヤギがいるドアであった場合、彼はドアを無作為に選ぶことになります。あなたが1番のドアを選んだとき、ホストは3番のドアを開けたとし、そこにはヤギがいたという場面を思い浮かべてください。そして、ホストはあなたに聞きます。「あなたはドアを2番に変更したいですか?」 選択を変えることが得になるのでしょうか?
プレーヤーはこの時点で、どちらが正解の(車の)ドアなのかは判断がつけられず、そしてほとんどのプレーヤーはどちらのドアも同じ確率でしかないと考え、選択を変えることは意味がないことだと考えます。しかし実は、プレーヤーはここで選択を変えるべきであり、……そうすれば、車のドアを選び、車を得られる確率は1/3から2/3と二倍になるのです。

よく知られた問題であり、ときにあいまいでもあると指摘される問題ですが(Seymannの論文 1991)、雑誌Paradeに掲載された問題文は次のとおりでした。

ゲームショウにて、あなたが3つのドアが選択肢として与えられたとします。1つのドアの後ろには車があり、他の2つにはヤギがいます。1つのドアを選んで、1を選んだとしてドアの後ろに何があるのかを知っているホストがヤギがいる3番のドアを空けてみせたとします。そして彼があなたに「2番のドアに変えますか?」と聞きます。選択を変えることが得になるのでしょうか?

このような問題文とその回答が掲載された結果、10000人の読者と1000人近くの博士号所持者から彼女の回答が誤
りであるとの投書が届いた。


文中の表現でちょっと困ったことがありました。
「そのドアの後ろにはヤギがいるにちがいありません」なのですが、これはmustを訳したのですが、上の訳では本当は正しくないのかもしれません。必然性がちょっと薄め。
文章の構成的には上のようになる気がするんです。ただし、詳しいニュアンスを正確に読み取れるような力量は私にはないので、私の主観的な印象によるのみです。結果論的に、この部分に「設問上の条件」として強い状況設定能力を求めるなら、この部分は「扉を開いた先には、ヤギがいなければなりません」としたほうがいいのかもしれない。

テレビ上でモンティホールが実際にハズレの扉を開け続けている限り、問題は表面化しないのですが。


ここで、文中にもあったSeymannの論文のリンクをたどってみると、

このような設問に対し、マリリン・サヴァントは「ドアを変えれば、当選確率が1/3から2/3になる」と回答し、3ヶ月後の12月に3人のPH.Dによる論文が(いくつか)発表された。内2つに、いずれのドアも正解確率は1/2であることが書かれていた。
彼女は自論の擁護として、再び誤った証明と、誤った経験的シミュレーション例を発表した。翌年2月に怒りに満ちたレポートが公表され、「数千に及ぶ手紙をもらい、そのほとんどすべてが私が誤りであると書き連ねられたものであった。実に全体の92%の手紙が反対意見を述べていて、大学名義を含む手紙でも65%が反対している」
サヴァント女史は負けを認めることはなかったわけです。
彼女の言い分はもっともです。正しい設問でさえあれば彼女の答えは正しかった。ただし、彼女の証明のほうは間違いなのですが。



大学関連からは結構彼女を擁護するものも届いていた様子ですね。大学名義を添えて(大学の学生か教授か、そこの卒業生かはわからないが、自身の学力、能力程度を示すためにどこかしこに書き加えておいたのでしょう)手紙を出した人のうちでは、65%が反対しているものの、35%は「あなたの考え方で正しいんですよ」と言ってくれているわけで、この分布は、彼女にいくらかの自信を与えてくれていた部分もあったでしょう。

しかし、問題なのは、ホストが扉の後ろを知ってはいるものの、その選択が「無作為である」と断っているわけではない点……なのか?
無作為でなくとも、「扉の向こうに何があるかを知っていて、ちゃんとハズレの扉を開ける」と知っていれば、ちゃんと確率は1/3、2/3になりそうに思います。そう考えると、モンティホールの番組の設問の文のほうでも、「意図的にハズレをあけています」となっているかは微妙な気も。モンティホールが実際にハズレの扉を開け続けている限り、問題はないのですが。
それとも、
「仮に両方がハズレだった場合は……」という断り書きが、「ハズレじゃないほうが1つなら、ちゃんとそっちを開けますよ」という説明の裏付けとなっていて、「モンティホールが、意図的にアタリを避けて扉を開けています」ということを示しているのかもしれません。
で、どうもその辺りの断りがないと、扉の後ろに車がある確率は、1と3それぞれに1/2になってしまうというのが、このParade誌の設問においての本当の正解ということになるのだそうです。

日本語記事の中では、数百人の大学教授という記述で、英語版の記事の千人近いPh.D(Doctor of Philosophy)=博士号所持者であるという記述で細部が異なっていますが、既に日本では「数学教授による投書」という形で定着しているものなのかもしれません。また、以前は英語版wikipediaでもそのように書いてあったのかもわからない。

私はこの問題は最近(ラプンツェルの翼3巻で)知ったので、このへんの事情はよくわからんです。

初期の記事500くらいには、そのあたりの記述がない。
新しいほうから500個を選ぶと、2008年10月あたりまでしかさかのぼれず、この時点では1000人近いPh.Dとあります。

で、この問題が知られるようになったきっかけ、もしくはマリリン・サヴァントの回答の正否についての問題については、要約すると、

・テレビ番組では、正しく設問が作られていた。
・ちゃんとした設問では、「選択を変えればドアを代えることで2/3の確率で勝てるようになる」が正解
・Parade誌に載った問題では、微妙に文言が異なり、重要な部分が抜けていた。
・その設問では、「選択を変えても変えなくても、どちらのドアも正解率1/2」というものだった

・それでも雑誌上では、「選択を変えると当選率アップ!」と説明していた

さらに、以下の時系列はあいまいになってしまうのですが
・それに対し、Ph.D所持者による論文が投稿され、話題に
・問題を知った多くの人がマリリンに投書
・マリリン・サヴァントが反論。持論を変えず
・上の論文

という流れでしょうか?

投書というのも、その多くは雑誌上の回答にただただ驚いて、「確率が1/3から2/3に上がったりはしない」という部分での投書だった可能性もありそうです。
実際、ぱっと見で出てくる「A,Bともに確率は1/2だろ?」という回答と、マリリンサヴァントに誤りを指摘した教授の「この設問におけるA,Bでの正解確率はそれぞれ1/2である」という指摘は、いずれも結果は同じに見えてしまいますがよーく読むと、実は天と地ほどちがう内容を含んでいるわけです。

いずれにせよ、手紙というのは「正解率はどちらも1/2ですよ?」みたいな内容です。
マリリン・サヴァント側としても、この問題における正解を、「A,Bそれぞれ1/2」としてしまう回答は代表的な誤答なわけなので、どうにも真剣に取り組みづらかった部分があるでしょう。
問題が表出した段階なので、同じ問題に挑んだ人というのがその数人の教授しかいない状態です。情報が少なすぎます。このとき送られた説明も十分ではなかったかもしれません。いきなり、「答えが間違ってるわけでもないんだ。問題がわるいんだよ」とか言われても戸惑うでしょうし。

投書は、数学教授らの思惑とは無関係に雑誌掲載後すぐに届いていた可能性もあります。
広く知られるようになるには、雑誌よりもテレビのほうが強力な気がします。
問題が出されていた当時、モンティ・ホールの問題は「選択を変えたほうがいい」ということが知られていなかったのかもしれません。噂程度では知られていたかもしれませんが、結局のところ広く理解されていたわけではなく、「自分の選択を信じて玉砕するか、または日和見て車をゲットするか」みたいにして見られていた番組なのかもしれません。(実際、選択を変えていた人のほうが獲得例は大きかったにちがいない。そして、選択を変えないほうが"潔い"とみられ、結構選択を変えない人のほうが多かった可能性は十分にあります)

そんな中、一見「どっちもかわらんだろう。どちらも1/2さ」と切って捨ててしまうこの問題に対し、ギネスブックの最高IQ保持者であるマリリン・サヴァントにたずねてみようとした人がいた……という流れなのかも。
一部専門家の間では知られていた「あそこでは、実は選択を変えたほうが有利なんだよね」という知識を彼女も知っており、マリリン・サヴァントのお墨付きで「選択を変えたほうが断然有利」という情報が公表されると、その驚きの選択に世間は大きく反応したのかもしれません。そんな中、数学者のほうも、設問の文章がおかしいことに気づいてさらに問題が複雑化したと。


X線回折 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/X%E7%B7%9A%E5%9B%9E%E6%8A%98

これは陽極で発生させた熱電子を対陰極の金属に衝突させてX線を発生させるものである

09/11/01の時点ではこんな記述です。
対陰極という言葉が難しいものですが、これは陰極と遂になる意味で陽極のことのはず。
電子が出てくる場所は陰極です。電子はマイナスの電気を帯びた粒子ですから。で、ターゲットは、電子を加速させた先、または電子がひきつけられてくる場所は電子とは逆の電荷を持ったプラス極。つまりこちらが陽極……のはずですが、私はXRDの専門家ではないんで編集保留。

wikipedia編集方針の功罪(独自研究)

多くの人の手による、比較的新しい言葉に対する情報源として、かなり有用な場所であると思います。

しかし、教えてgooでは「ただ単にwikipediaへのリンクを張るだけ」という回答の仕方は悪い例の一つなのだそうです。 確かそんな解説を見かけた気がする。

それの理由として、「もうちょっと詳しい説明をしてやれ」ということなのか、「単純にネットを検索して出てくるような情報じゃ足りないから質問しているはずだ」というものがあるのかもしれません。
しかし後者のほうは、今一つ当てはまらない気がします。ときどき、「ネットで検索すればすぐにわかるような質問」をしている例を見かけることもあるので。

そのほか、wikipediaが「素人にも簡単に編集できるページだから」という部分から、記事の妥当性を疑って毛嫌いする人がいる部分もあるかもしれません。
多くの人の手によって洗練されていく可能性もある反面、素人があっさり書き換えて様々な誤りを含むページが出来上がっていることもあります。学術的な、専門関連の情報についてはそういった傾向が懸念される部分もあり、専門的な情報を調べた際の情報源が「wikipediaです」というのはかなり問題視されます。

図書館で資料を探せたり、その方面の商品を売り出している専門の会社などで詳しい説明を載せてくれていればいいのですが、そういう場所よりもwikipediaのほうが簡単に、詳しい(ように見える)情報があることもあります。時に、間違っているのかもしれませんが、専門家が暇なときにいじった部分がベースになっている可能性もあります。


以前、先輩に「お前はwikipediaを結構頻繁に更新していそうな奴だ」と言われたことがありました。雑学好きな部分が評価されたのかと一応ほめ言葉と受け取っておきました。私は当時wikipediaの編集アカウントを持っていませんでしたが。
しかし後日、別の友人との会話の中で、その先輩が「wikipediaなんて素人が書いてるだけの自己満足」と笑っていたことがあったのだそうです(その友人は、上記の私と先輩の会話を知らない)。先輩の中で、私はいったいどういった位置づけだったんでしょうね?


確かに、「何か公式な文書を作成する際の情報源」とかには不足があるとしても、とっさに調べたときに多くの情報が出てくるのは大変有意義であると思います。

しかし、このページにも多数の人の思惑が入り込んでしまいます。
個人的な意見を載せるには自分自身でサーバーを立てるなり、最近ではプロバイダのサイト用スペース、ブログなどが利用できるためいくらでも情報発信が可能ですが、それよりもさらに楽であるし、何より「多くの人に見られるページ」である可能性は個人サイトよりも(比較的には)高いはずで、そのページを見て記憶していく人の数も多いであろうことが予想されます。そのせいで、wikipediaは一種の情報の中心地であり、編集合戦なんてものになったりもするようですが……

wikipediaの記事の方針として、

・中立的な記事
・検証可能性
・独自研究は載せない


というものがあります。
これらは記事を書く上で重要な方針であると思います。

中立的な立場から書かれたものでなければ、信頼するに値しません。
歴史教科書についても、「勝者が残した一方的な言い分」という見方があり、実際本当なんだろうとも思いますが、可能な限り中立にたち、双方の言い分を認め、一部の立場の人々の意見が弾圧されないようにすることは大切だと思います。

検証可能性も当然必要です。
これは独自研究を乗せないこととかなり近い部分な気もしますが(一部では中立的立場にも通じる)、どこかの個人サイトにしか書いてなかった情報、過去の定説を否定するような、編集者個人の考えなんかを載せるべきスペースではありません。


……しかし、中立的立場というのが難しいというか、時に絶対的正義なんていうものがない歴史的事件などに対して、「あなたの記述は中立的立場から離れているから」と理由で消去、書き換えを行ったり、検証の元の「信頼できる情報源」というものが本当に信頼できるのか?といった問題はなかなかにあいまいになってきますし、独自研究と目される内容も、……こちらはたいがいにおいてそこまで重要な情報が個人サイトにだけ転がってるようなことはないんでしょうが、まあ、それらまとめて全消去な編集を行う人もいます。
ぱっと見ただけでは気になりませんが、wikipedia上の履歴のタブを眺めてみると、その1つのページにも様々な人の考え方が交錯していることが分かります。

例えば、巨人の助っ人外国人クロマティ氏のページを見てみると、

ウォーレン・クロマティ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%86%E3%82%A3

……ないなあ。
ああいうのが消えちゃうのもいろいろと残念です。履歴から持ってきますと、

巨人ファンの間では、クロマティを『巨人史上最強の助っ人』と評価する者も少なくない[要出典]。2002年には、プロ野球マスターズリーグ札幌アンビシャスに加入。2005年には、アメリカ合衆国・アリゾナ州とカリフォルニア州を舞台にスタートするセミプロ野球のゴールデンベースボールリーグに参加する日本人限定チーム「ジャパン・サムライ・ベアーズ」初代監督に就任したが、同年素行不良にて解雇された。

スポーツ選手としての数字上の功績だけではない、最も大きな社会的功績としては、黒人に対するイメージを刷新したことが挙げられる[要出典]。彼が登場する以前は、日本における黒人の数が少なく、情報・理解不足からくる恐怖感から黒人に対する人種差別感情が強く残っていたが、彼がテレビに登場して陽気な雰囲気を振る舞ううち、黒人に対する文化的・社会的な人種差別感情は急激に薄らいでいったとされる[誰?]。

クロマティが日本で活躍した大きな要因の一つとして、環境の変化が挙げられる[誰?]。巨人入団前に彼が所属していたエクスポズのフランチャイズであるモントリオールは、白人の街(英語の通じないフランス語圏内)であったため、黒人である彼にとって非常に居心地の悪い環境であった。エクスポズでは暗いイメージだったクロマティが、巨人入団後に明るい性格になったと言われている[誰?]。



誰?というのは、つまり「誰が言った?そんなこと」というわけでしょうか。だってテレビで(ごにょごにょ)。
独自研究と判断されたか検証不可を理由に消されたのでしょうが、消去したのは名前から編集履歴をたどれるアカウントではなく、IPアドレスのみが記録された「どこの誰とも知れないだれかさんです。
もっと探れば、記事を書いた人のことや、その記事に要出典を貼り付けた人のこともわかるんでしょうが、まあいいです。

この情報の出典というのも、確かに検証が難しく、中立的立場からも離れているのかもしれないことになります。私もクロマティ選手のことは小学生にもならない子供のころから記憶していました。小学生のころなどでは、色黒な少年にそのあだ名がつくこともありました。悪いイメージではなかったですが、相互理解を助けるほどに清らかであったとは言えなかった部分が確かに存在しているはずです。

クロ高については、バースやデストラーデにも持ち掛けて訴訟を起こすかもしれなかったらしいですが、幕張は知られてないのかな?アニメにもなってないし。

バースやデストラーデは見送ってくれたらしいですが、これの情報も上のスポーツニッポン?ちょっと探しても見つからないんで、現在では検証不可のような気もしますよ?


と、余計なことは置いておいて、正直、上の要出典連発なんてバカジャネーノって感じではあります。一応、記事の妥当性を高めるのも重要なことだとは思います。完全に否定はできません。

これらの、削減に大きく力を注ぐ人たちのおかげで、日本のwikipediaは多くの記事において、洗練された情報のみに絞られ、別の言い方をすれば情報量が乏しいのだそうです。(要出典)


クロマティの記事を例に出典を考えてみれば、ずっと昔の週間ベースボール、新聞のインタビュー、当時の野球番組、当時からちょっと後の「あの人は今」みたいな番組や同様に野球番組とかでのOB訪問とか。
また、記事の内容から、人種差別を扱った番組などで、エピソードの1つとして登場していたかもしれません。いずれにせよ、検証は困難ではあると思います。

こういうことは、公共のページではなくとも、どこかの個人サイトにでもまとめて乗っけておいてくれれば、満足ではあるんですが。でもそういうマイナーなページだと、野球ファンなら巡回することもあるかもしれないものの、私あたりでは見る機会がないかもしれないです。それも少し残念ではあります。仮にあったとしても、そこでも、編集方針やら管理人の意向やらでいろいろ増えたり消されたりするんでしょうが。


これらの情報を削除することを厭わない人の方針としては、
「wikipedia編集方針の3つにしたがっての編集を行っています。意見の異なる人がいることは重々承知しています」とか書かれてたりしています。なんともご苦労様な感じです。

中立的といって主観を交えない人がいるものか。それが歴史的物品やら、本人のインタビュー入りの新聞記事とかで絶対的に正しいと誰から見ても分かる情報なのならばいいんですが、それ以外で絶対的に正しいことなんてそうはないでしょう。


新聞記事というのも、インタビュアー、記者、編集、出版社上層部など様々な人の思惑を経てかわるものですから、本当に信頼できるデータソースなんて、映像付きの音声による発表で、しかも生放送である必要もあるかもしれません。以前、タレントがテレビカメラに「うるせえ!」と一喝する場面がテレビで何度も放送され、後に記者のほうが失礼な質問を繰り返していたのに、その部分をほとんど断ち切って、1度だけ質問したことに対して怒鳴りつけたかのように見えるよう放送されていたこともありましたから(要出典)


ずっと昔に見た、面白い記述、エピソードなんていうものが失われてしまうことはよくあります。
面白いことが正しいわけではないんですが。

わたしはもうちょっと、色々載っているほうが好きです。要出典というのも、出典希望とかに言い換えませんかね。または、無駄知識重視の別のサイトが別にあればいいのかもしれません。 著作権、肖像権、名誉毀損にダイレクトにひっかかるようなものは駄目ですが、なるべく多くの情報や、誤解とそれがただの誤解であることをのっけておくような方針で。
トリビア(雑学)・エンサイクロペディア的な何か。ちょっとふざけたwikipediaというとアンサイクロペディアを思い浮かべますが、あそこまで行くと正しい情報が皆無なので、あれとも別である必要があります。


ところで、何かが正義であると確信した人間の行為というものは、少々止めづらいというか、正直なところウザいものですね。一応正論ではあるため、それを止める根拠となるところがなかなか見出せません。

根底ある「表現の自由」やら「公正な立場」やらといったもので押し切られるんですが、あれも一種の中二病のには違いないと言えましょう。

功罪ということで適当に文句をつけるだけつけて、建設的意見がうえの「出典明示希望」だけというのもさびしいですが、正直、どうしたものか。

中立的立場については、完全な中立なんてありえないことをwikipedia側でもう一度宣言したほうがいいかも。もう書いてあるかもしれないし、常識的に理解しておくべき部分なのでしょうが。
それでも中立的立場を信じる人がいる以上、この方針の文言をちょっと変えたほうがいいかもしれません。「可能な限り有用な、読者に誤解を与えない限りで最大源の情報」とかだと長すぎますか。「複数の意見に対して寛容な、中立的立場」とか?

現状では、決定しているのは強硬手段をとってしまう少数のラウドマイノリティであるかもしれません。
ウィキペディアン自体が、ネット世界ではラウドマイノリティである可能性も否定はできませんが、強硬手段をとる過激派な人はさらに一部だと思います。
多数決をとれば変わるかも……といっても、多数決というのも一種の必要悪です。
より真実に近い意見であっても、数の暴力によって押し切られることがあります。
本来、「お互い意見を近づけ合って、妥協案を出して、双方が利益を得て納得できる方法を全会一致で得るのが理想なんだけど、どんなに意見を近づけてもそこまでいくことは難しいため、最終手段として多数決で最大多数の最大幸福を目指す」というあたりが多数決の正しい使いどころです。
自分らの意見をゴリ押ししたり、いやな役柄を少数派や嫌われ者の誰かさんらに押し付けるために行うものではないのです。

検証可能についても、出典が信頼できるかは正直、本や新聞に載っていても微妙だとさえ思います。ましてや、ウェブニュースとかでも、読売とか産経とかの大手や、地方新聞誌のネット配信は信じられるとしても、それ以外のネットニュースだけのニュースサイトというのも、いろいろ記事内容は怪しい部分がある気がします。mixiで紹介されるニュース記事を見てると、よく感じる。(読者も多数問題視してるけど)
大手でも信じられない内容を世界に発信してたりする場所もありましたね。ビデオリサーチ社のアンケートで「あなたが信じられると思う情報メディアは何ですか?」とかあったことがあるんですが、新聞、雑誌、テレビ、ネット……とひとくくりにされるとどこにも○つけたくなくなりますよ。


独自研究は、このままでいいでしょう。本当に重要なら、ちゃんと広まっていくはずですから

2009年10月18日日曜日

chrome osへの期待

chrome osがちょっとだけ公開されて、すぐに公開停止になったらしい。

Chrome OSの初期ビルドをRapidshareやDropboxから誰でもダウンロードできるぞ(しかしこれはMG(記者)の早とちりでした)
http://jp.techcrunch.com/archives/20091014want-that-early-chrome-os-build-you-got-it/

記者は「OSのα版が動かせる!」と報じてしまったものの、実際はChrome osディレクトリ内の、linux上で動くブラウザ部分だけをdeb(debian linux用パッケージ)で公開している状態らしい。

OSそのものは動かなかったのでしょうか。


無料のOSということでしたが、Linuxベースなのかどうか今一情報があいまいだった気がしますが、結局のところLinuxベースということでいいんでしょうか。
Linuxベースではないとした場合、「Word,Excelなどのオフィスソフトは動かないのでは?」とも思っていました。それは実は結構致命的な使い勝手の悪さをもたらす気もしていたので、オープンオフィスなら動くという形でなんとか首がつながりそうです。


どうなんでしょう。広まるんでしょうか、これ。実際のところ難しい気もしますが……

Linuxは無料ということで、2000年前後の黎明期に取り上げられ、さらに2004年ごろにLinspire(Lindows)でもう一度期待され、結局いずれの時にもユーザー用OSとしてはメジャーにはなりませんでした。

売れなかった理由は、これらの時期に期待されたのが、「WindowsがすべてLinuxに置き換えられる」という形であり、そうまでするにはマイクロソフトと同レベルの使い勝手……ヘルプや細かなエラー対策、それとユーザーサポートが必要になります。


メーカーサポートというものも、どんな会社のものであれ「充実している」と受けとられている例は少ない気もしますが、企業のサポートというものや、サポートする気で作られた製品というものは、ずいぶんと使いやすくなっているものです。
伊集院光は、以前Victorのサポートをベタ褒めしていた気がします。珍しい例ですが。家電マニアで、知識がないわけでもないのですが結構サポートセンターみたいな電話サービスを利用することはある様子ですが、そのたびに事務的な対応に悩まされています。結局、サポートセンタの人員も客が持ってるのと同じレベルのマニュアルしか持ってないことがわかったので、頼る気にはなれないんですが……それでも最終手段のように感じてしまうんですよね。

また、そのへんを十分検討したうえで「壊れたんです。保証期間内だから交換してください」みたいな電話をしたときにも、「あー、これはまた機械オンチな客だ」としか思われず、マニュアルの中の確認手順を一通りなぞる必要が生じました。
Linuxを電話サポートで対応しようとしたら、えらいことになるでしょう。Winでどうにもできないこともたまに起こりうるんですが、一応電話、ヘルプ一覧によるサポート体制があります。
電話でなんとかしてくれるのも初歩の初歩というか、マニュアルやらヘルプやらで解決できる程度のものしか受け持ってくれないんですが。
マニュアルをなくしたとか、ヘルプによるサポート情報の検索を自力では行えない人用なんでしょう。

解決に1週間でも1ヶ月でもかけていいから、もうちょい技術専門担当の人を用意して問題解決してほしいところ。

あと、ヘルプの確認メッセージで、「この情報で問題は解決できましたか?」に対し、
「はい。問題は解決しました」
「いいえ、他の情報を探します」
というのも、なんとも教えを請うている感じで少々イライラします。
英訳なんでしょうが、
「問題は解決した」
「他の情報を探す」
くらいでいいんじゃないでしょうか。選択肢上のメッセージなんて。


要するに、Linuxは使いづらいです。一度設定してサーバーとして運用し続けるとかなら堅牢ですが、人が作業に使うPCとしては、様々な点で不便であり、新しいことを試そうとすると、ソフトのインストールや設定にかなり時間がかかることも多々あります。 少なくとも私の場合はそんな感じです。


しかし、今回の使用目的は「メール、ブラウジング(ネット視聴)」程度であり(多分)、これを乗せるPCも「軽量小型ノートPC」という形に絞ってあります。多分。

最近では他にも色々増えてはいますが、ブログ、SNS、ニコニコあたりなら上の機能で十分カバーしています。
一昔前、「メールが送れてネットが見れてゲームができるくらいでいいです」という基準で安いPCを探していた人を掲示板等で見かけました。そのあたりのユーザーならば、問題なく受け入れられそうに思います。
最近はどれくらいの人がこのくらいの目的で足りるんでしょう。オフィスでもPC使用が増えてきてるし、家でも多機能なPCを使う必要のある人が増えてるかもしれません。もともと、安いWindowsPCを購入した場合でも3D機能を使うようなゲームとなるとほとんどできないわけでしたし。(実は、一番ハイスペックなPCを要求する使用目的は、「3D機能を使ったゲーム」。)


また、こういったPCは一人暮らしを始める学生なんかにも向いています。ワンルームの一人暮らしには、場所をとらない小型ノートとかのほうがいい。 安ければなおいい。
大学一年時に「レポート作成にいずれ必要になります」とか言って一台持っとくことを推奨されるんですが、工学部での経験で書くと、3年次にようやく長いレポートを書くころになっても、図とか考えると手で書いたほうが早い部分もあったり、4年次に、遂に実際に必要になるころには、XPがSP2出てて、重すぎて使えなくなってたり、バッテリーが切れてて持ち運びに不便してる例を多数見ています。

最近では大抵タイピングで困ってる人も見かけなくなってますし、バッテリー寿命も延びてますし、OSの肥大化も今後はそれほどひどくはないかもしれませんが、「最初の一台」はこれで十分な気もします。
必要になったものは、あとで必要になったときに新しく買えばいいと思います。パソコンの性能は日進月歩ですから。

また、OSとブラウズ機能が密接につながっている場合(具体的にどういうものか今一わかんないけど)、「有害サイトのフィルタリング」にも非常に適しているのかもしれません。システム的な部分でキーを作って、パソコン会社と電話で管理するなどしておけば、多感な時期のお子様を持つ親御さんも安心して子供にネットを使わせられるかもしれません。

さらに、デフォルトの検索エンジンはおそらくGoogleであり、Googleの検索機能のほうにも制限をつけるようにすれば、サイトの制限もよりスムーズに行きます。現在でも、多少は制限がかかっている様子ではありますが、需要次第でさらに徹底するバージョンが生まれてくるかも。
こうなると、視聴制限機能の導入の際に、「使用検索エンジンをGoogleに限定すれば、さらに安全性があがります!」とか宣伝すると、ユーザー(の親)同意の上で検索エンジンの独占につながるかもしれません。
他の検索エンジン提供元から批判されるでしょうが、「だってほかの検索エンジンから何が出てくるかまで責任取れないしー」とか言われると反論は難しい。いくらでも反論できると突っ込まれてしまうかもしれませんが、このようなサービスは確実に需要があると思うのです。

私自身、ネットへの接続をなかなか親に認められなかった理由として、母がエロサイトを警戒していた部分が非常に大きい気がします。だから、ユーザーが望めばこういう機能もアリになるのではないでしょうか。全国のPTAが推奨!みたいな。
他の検索エンジンも、同様の視聴制限を課すようにしていけば問題はなく、「使用可能な検索エンジンの制限(ブロック)」は認められないかもしれませんが……それでもフィルタリング能力の面でも、googleと勝負するのはまた厳しくなってくるのでは?
独占関連の問題でいざ裁判にまでなったら、「Googleが確実に有害サイトをブロックしているともいえない以上、独占は不当」とかになっていきそう。その場合、Googleは「これはユーザーに求められた機能であり、当社はその中でも最高レベルのサービスを提供しており、他にも対応の努力をしているサービスは多数あることも認めるが、全く対応していない検索エンジンもあり、検索エンジン制限機能は不当な独占にはあたらない」とかになっていくのでしょうか。どこまで行くんだ、PTAvs有害サイト。


……話がずれました。
このOSでは基本的な機能はサポートしているわけなのですが、しかし大抵のゲームは動きません。マインスイパー的なミニゲームはいくらかあるでしょうが、ネットゲームやらファンシーなチャットソフトとかはきっと無理でしょう。ブラウザ上で動かしているやつならOKでしょうか?
100均のゲームも当然動かない。Linux用のフリーゲームとかならありますが、英語だろうし、Linux雑誌とかでたまに特集されてもいましたが……私は入れてみたことがないのでちょっとわからない。

夢を語ってみれば、このPCがシェアを伸ばしていけば、それ用のゲーム、ライブラリ(の使い方に関する情報)が充実していき、パッケージ版のゲームもChromeOS対応になっていくかもしれません。そうなると、必然的にLinuxに関してもゲームに向いてくるようになり……と、ここまで行くと元の「すべてのPCで、WindowsからLinuxに入れ替えられる」と同じレベルですね。やっぱこのへんは無理か。


また、その他Windows用アプリが全般的に使えないわけですから、家ではあまりパソコンを使わないお父さんが買ったり、またおじいちゃんにお勧めしようとしても、年賀状作成ソフトとかも使えないことになります。素材集とかは流用できるでしょうが、素材を選び出すための検索画面みたいなアプリが使えず、大量の画像のストックから自力で探し出すことになるかもしれません。
年賀状作成ソフトも、年賀状の時期にChromeOS向けに出てくれるようならいいんですが、そこは発売後1年ほど様子を見守ってみないとわかりません。
さらに、「ご自宅のパソコンで簡単作成!」「ChromeOSでも作れます!」みたいな宣伝文句が並んでて前者のほうを買って帰ると、「お客様、これはウインドウズ専用でして、そのパソコンではどうやら……」とか言われたりしてね。

プリンターつないで、はがきに印刷する文面やら住所録やらを作るとなると、それはもうChromeOSの守備範囲外な気もするんですが、このへんも一応、ライトユーザーが登っていく階段の代表例でしょう。
購入する年齢層やニーズを見ていかないといけなそうですが、メーカー側は対応していくんでしょうか。
プリンタ用ドライバ(各プリンターで正しく印刷できるよう、送信するデータの順序を設定するためのプログラム)というのも、Linux用では多少サポートが甘いのが現状です。

しかし、以前の「オフィス用PCとして」というものよりも十分広まりうるとは思います。PCが小型化、低価格化が進んだした上で実現したアイデアであり、これまで倒れていった企画とはちょっと違うと思うのです。
あとは、機能を少なく絞ったにも関わらず、ChromeOSのサポートやら使いやすさがWindowsに大きく劣ったり、ライトユーザー層が、「Windowsのほうが安心できるから」と、安さよりもイメージで選んでいってしまった場合、やはり広まらずに消えていくことになるかもしれません。

雑誌なんかで便利な使い方を紹介するようになっていくでしょう。機能拡張については、Linuxとして使えばかなり多用途に使えるようになっていくはずなのですが、
ChromeOSでGimpを使うには、コンソールからsuでルートユーザーになって、apt-getで以下のパッケージをインストールだ。ここで打つコマンドは……」とかやるようだと、やはり、どうしても難しそうに見えてしまいます。
(Gimp:オープンソースで無料な、フォトショップ並の機能を持つ画像編集ソフト)
なんとかウインドウズ並に簡単に入るようにできないものか。Linuxザウルス並ならOKでしょう。
Linuxらしく、コンソールを使った従来の使い方もできたほうがいいとは思うのですが、それとは別に、ソフトウェアのインストールやGUI設定、日本語環境管理は独自に充実させておいてほしいものです。
アップデートは、Debianを使ってる限りではかなり簡単に更新されていきますが、自由にインストールして言った場合、大幅な更新時の動作確認とかでどうなるかわかりません。Debianではいきなり止まったりGUIが起動しなくなったり、日本語が入力できなくなったり、日本語で表示されていたメニュー画面がすべて文字化けしていたりしていたのですが、駄目になったらさっさと諦めをつけて再インストールしろとかをすべてのユーザーに求めることができましょうか(反語)。私も、あんまり重要なデータとか(写真やら日記やら、一度消してしまうと取り返すのが困難なもの全般)を残してないPCだからあっさり再インストールに踏み切れてるわけですし。

OSとブラウザが一体化してるみたいな、かなり独自なカスタマイズを施しているなら、そのOSの中心部分だけは外からは一切いじれないようにしておいて、そこだけは責任を持って管理……とかやれば、後からインストールしたアプリが動かないだけで、OSが起動しないとかはないのかもしれません。具体的にどうやんのかはよくわかんないけど。
さらに、一旦そこまで作り変えるのはいいとしても、それ以降もLinuxのバージョンアップに合わせてサポートしていくのもかなりきついのではないでしょうか。独自のパッケージ管理をしていけばいけるのかな?……どんなOSなんでしょうね。


いきなり売り物として搭載PCを売るのではなく、はじめはモニターみたいなものを募集して、販売以前から情報を集めてみるのも有効だと思われます。企業の側も、自社のPCにインストールしてレンタルし、積極的にモニターを勧誘していけば、独自のサービスにつながっていくかもしれません。…この段階で商品化が難しいことが判明するかもしれませんが、それも逆に、失敗前に撤退という結果になり、投資額を抑えることにつながるかもしれません。

多分、私はそんなものに参加しても、ろくに使わないで普通にデスクトップ使ってるでしょうけど。
あまり使わない人というのも、使用頻度から考えて1年くらい使用状況を見続ける必要があるかもしれません。

また、Windosエミュレーターである「wine」も、もうver.1.0を超えているようなので、そちらを使っていけるように自然に誘導するだけで結構なんとかなるかもしれません。この場合、Google側がやることは、wineがちゃんと動くことを確認するだけですね(建前上は)。

これをきっかけに家庭用PCにもLinuxが普及することになるのか。そしてあわよくばゲーム、アプリ関連でもLinuxの足場を広めるきっかけにもなっていってほしいものです。現場のプログラマーは戦々恐々としているかもしれませんが。

2009年10月12日月曜日

ロウきゅーぶ!1-3巻

ロウきゅーぶ!は去年の電撃小説大賞で入賞した、新人作家のラノベです。結構好評らしい?

内容は、小学生女子のバスケットボール部の臨時顧問として、高校生男子の主人公が小学生女子5人に囲まれる話であり、いわゆるロリな人向けのくだらない話として認識してもらえばまず間違いありません。

……しかし、この作家さんも「好きなラノベ」に秋山瑞人が書いた『イリヤの空、UFOの夏』を挙げているらしく、もうそれだけで応援したくなる。いや、小学生とかは関係ありません。


で、内容はラブコメともいいがたい救いのない内容かと思えば、これが普通に面白い。
スポーツもののラノベというものを、おそらくこれまでに読んだことはありませんでした。知る限りでは「銀盤カレイドスコープ」でフィギュアスケートやってた気がしますが、読んではいない。だから比較対象とかも私の中にはないんですが…

内容は、普通に「バスケ物」の小説だと思っても問題ない良い出来の作品でした。ただ、女子である必要はなかったとしても、やっぱり「小学生」でなければ成り立たない話ではあったでしょう。

以下、1巻の説明。

まず、設立されたばかりの女子バスケ部は男子バスケ部とコートの取り合いになっていることから仲があまりよくなく、しかも男子バスケ部は前回の大会で地区大会に優勝した、活動がとても活発な部活になります。
対して、設立されたばかりで、急に集めたばかりの素人集団な女子バスケ部には実績もなく、現在の練習風景を見ても「バスケットボールに親しむため」な目的によるボール遊びしかしていないような状況です。

地区大会で優勝後、県大会初戦で嘘のようにボロ負けした男子バスケ部はさらなる飛躍を目指し、部員一同厳しい練習をこなすことも辞さない気分でいたところに、女子バスケ部が設立され練習時間が半分になってしまったのです。

そんなわけで、「新設部が地区大会優勝チームに勝たないと廃部」という漫画でよくある展開になります。スポ魂です。そう、このラノベのジャンルは「ローリングスポコメディ」です。
ロウきゅーぶも篭球(ろうきゅう)であり、つまりはバスケのことです。ロリキューブではありません。


普通にやっても勝てなそうではありますが、勝負は小学生同士です。中学生の地区大会優勝チームだったりすると、結構な実力差が生じてしまうとも思いますが、小学生同士ならズブの素人集団でもなんとかならないこともない可能性がないわけじゃないことは否定できない。

チームの構成としては、部活設立のきっかけにもなった、エースプレーヤーが1人。前の学校にあったバスケ部にて、バスケの経験があります。男子バスケ部と勝負しても、1対1では誰にも負けません。かなり上手い。

他は全員素人ですが、一人、高校生並に背が高い子もいます。しかしこの子は、背は高いものの引っ込み思案な性格で、しかも背が高いことにコンプレックスがあるため、背が高いことを指摘されたり、それを利用するポジションにつくことを嫌がります。
他は運動神経並以上が2人、もう一人は運動能力低、身長も並以下。ただし非常にかわいい子で、相手チームにもこの子を好きなやつがいたりする。一種のエースキラー

そんな構成で仮にも地区大会優勝チームとの勝負となります。練習期間は2週間。試合時間はミニバスの前半後半10分ずつをさらに短くした前後半5分ずつ、5ファウルによる退場、選手交代などはなし。これは女子バスケ部がまだ5人しかいないことによる不公平を出さないための工夫で、5ファイルを出した場合、それ以降はファウルごとに1本のフリースローが約束されています。

この短い試合時間も、まだスタミナが足りない女子チームに有利ともいえる内容であり、このへんは勝負を受けた際に女子バスケ部顧問である、主人公の叔母(23歳くらい。外見年齢高校生並(本文より。イラストを見ただけでは、正直小学生陣と見分けがつかない))が女子バスケ部に有利なルールになるよういくつが提案してあったそうです。

そうして、試合もちゃんと描かれていますが、これがとても面白い。

まず、チームの実力差もしっかりあることながら、コーチである主人公は中学で弱小バスケ部を県大会準優勝にまで鍛え上げた、知将とも呼ばれるガードプレーヤーです。高校生バスケ部のほうは……実は「部長が小学生女子と駆け落ちしようとしたことによる、「不祥事による休部処分」」を受けたため、現在活動していないのですが。また、この部長というのも主人公がかつてコテンパンにのされ、目標とし続けたガードプレーヤーであり、強豪校からのスカウトもあった主人公が、さしてバスケ部の強くないこの高校へ進学した理由のひとつでもあった人物でもありました。退学になってしまったらしいですが、結局一度も出てこないのかな?この(元)部長さん。

で、試合のほうですが、主人公が授けたいくつもの作戦により、実際に「地区大会優勝チームくらいの錬度のチームにも勝てる」という可能性が十分に見込まれるまでの展開になります。

試合展開や、女子チームの能力は、さほどご都合主義というほどのものではありません。

試合展開も、どちらかといえば主人公が想定している内容の中ではあまり望ましくない展開でしかありません。「あわよくば」くらいの期待を持っていた要素もいくつかあったものの、それらは全く実現されず、結局、過度な運や相手の失策などはない、相手も常に最善を尽くし続ける中での勝負になってました。

女子チームの能力も、1人の経験者以外はきわめてお粗末なものでしかなく、花道並の成長を見せることもありません。

主人公が本文中「小学生最高じゃん」と漏らす場面があるとおり、小学生(+素人)ならではの「吸収の速さ」を見せつけ、主人公の指導を十二分に身に着けた上での試合になりますが、練習期間はたった2週間。さしたる成長とは呼べず……それでもこの試合では十分に有効に作用しています。


バスケ作品ということで、ところどころスラムダンクを思い出す部分があります。

「あきらめたらそこでなんとやらだ」という主人公の心中のつぶやきとか。右斜め45度からのワンハンドシュートとか。

これはあれですね。シリーズラストであの場面を再現することへの布石ですね。

大好きです。こんどは嘘じゃないっす

スバルならきっと言ってくれる。たとえ相手が小学生でも。

秋山スレでの感想では、1巻にわずかにブロント語が混じっていたという指摘もあるものの、私は気づけませんでした。


続いて、2巻の簡単な説明。
2巻では、「クラス対抗球技大会」に女子バスケ部がバスケの競技に出場するものの、相手となる「別クラスのバスケ参加者」はほぼ男子バスケ部のメンバーであり、1巻で使い切った「奇策」は一切使えないという上での再戦となります。

戦力バランス上、そんなことになったら、1ヶ月くらいみっちり練習したところで、女子バスケ部は男子バスケ部に決して勝てないような能力の差が存在しているんですが、女子バスケ部設立の原因になった事件に関係している男子バスケ部員1名のみは同じクラスに所属しています。こいつが男子バスケ部代表といった感じで1巻でもたびたび登場していたのですが、こいつは男子バスケ部のエースでもあります。

つまり、この球技大会では「ほぼ男子バスケ部員で構成された相手チーム」はエース抜きであり、ともすれば「クラス対抗」の球技大会には男子バスケ部エースをこちらのチームのメンバーとして出場させる事だって可能になります。
しかし、このエースプレーヤーはちょっと女子バスケ部メンバーといろいろ確執があって……という部分もあり、仮にチームに入る場合5人の女子バスケ部部員の誰が控えになるのか…というのも悩みの種になります。


そして今月、3巻が出たのですが、今回は主人公の幼なじみとその元チームメイト3人との5対3の試合でした。

……と、書くとちょっとネタバレになるわけですが、ついに主人公が関わっているバスケチームが小学生女子であることが幼なじみの女の子にバレます。

「あんた、なんでこの時期に小学生なのよ!」

と突っ込まれるとおり、基本的に主人公らは「部長のロリ疑惑で部をつぶれた奴ら」であり、世間的に見てあまりにマズいだろう?ということになる様子です。

このような周囲の対応は1巻でもちょっと触れられており、主人公の叔母も、

「最近は世間の子供への対応にいろいろ出てきてるから、たいていの大人は近づかないようにする。特に女の子には。こんな環境だとね、まっすぐ育たないんだよ。それはある意味かわいそうなことなんだ。私は見逃せない。この手でまっすぐに伸ばしてあげたい」
(本文ママ……ではなくうろ覚え)
と、元々は小学生の指導に乗り気ではなかった主人公を説得しようとしていました。

作者インタビューでも、
http://news.dengeki.com/elem/000/000/139/139129/

>――『ベイビー・プリンセス』ですか。ちなみに好きなキャラクターは?
>蒼山先生:2番目です。
>――青空(そら:1才)ですか?
>蒼山先生:ごめんなさい。上からです。
>――霙(みぞれ:17才)ですか。
蒼山先生:そうですね。
――ちなみに僕はあさひ(0才)が好きです。
蒼山先生:かわいいですよね。変な意味ではなく。
――そうですよね。変な意味ではなく。ちなみに『苺ましまろ』とかどうですか?


―――というような会話がなされています。寒い時代になったものです。


本文中に一切イラストはなかったですが、幼なじみのチームメイトは2人とも水着でバスケに参加しています。途中で忘れてましたが。
人気はあるようなんですが、アニメ化されるでしょうか。いろいろ難しそうにも思えます。
この設定も、アニメ化されるなら生かされるのかもしれません。

杉井光の『さくらファミリア!』にて、2巻のテーマとして「聖霊とは何か」というものがありました。
聖霊というのは三位一体の1つであるらしく、正しく知っている人が少ない部分ということもあって長い説明が入るんですが、この場面でその説明を行うガブリエル(大天使)が無駄にビキニの水着になっていました。イラストもないため全く無駄です。
文中では
「ここは私が水着にでもならないと、こんな無駄な説明誰も読まないでしょ?」とか
「…そんなわけで、教会の偉い人の間でも、聖霊に対する解釈が真っ二つに分かれちゃったの。わたしのこのおっぱいみたいに」

などと無理に関連付けたりしていたのですが……
あと、この「聖お兄さん」よりもはるかに危険なキリスト教もの(そんなジャンルあるか?)の作品は、3巻で終わりなのでしょうか?続きも期待しています。少々、ネタ切れ気味かもしれませんが

結構マイナーなネタで攻めてきているため、誰でも知っているようなネタでは書く気がしないのかもしれません。
でもまだ聖人も何人も残ってますし。
世界最古のヤンデレとして名高いヨハネの嫁(ヘロデの娘)とかも登場してほしい。
ちなみに、世界最古のツンデレはこれまた世界最古の文学作品である「ギルガメッシュ叙事詩」に登場するイシュタル(女神)でしょうか。


最後に、3巻で主人公が一度触れていた「今の彼女らはミニバス公式戦には出られない」という部分がちょっと気になりました。

ミニバスについて調べてみると、
ミニバスネット
http://www005.upp.so-net.ne.jp/minibasketball/index.html
連盟規約
http://www005.upp.so-net.ne.jp/minibasketball/03/3-1.htm
>第21条
>本連盟に加盟登録しようとするチームは毎年度、日本ミニバスケットボール連盟の加盟登録規定に基づき、所属の都道府県ミニバスケットボール連盟を経て、本連盟に登録しなければならない。
>第22条
>本連盟に加盟登録し、同時に(財)日本バスケットボール協会に登録していないものは、本連盟の主催する行事に参加することができない
>第23条
>年度の途中に追加登録を行う場合は、所属の都道府県ミニバスケットボー連盟の承認を得なければならない。
>第24条
>登録年度は、毎年4月1日より始まり、翌年3月31日をもって終る。


このへんでしょうか。
24条より、「年度」が4月1日より…となっている以上、4月1日からの登録が楽なんでしょう。23条を見ると、それ以外の時期でも不可能ではないっぽいですが。

しかし同時に(財)日本バスケットボール協会に登録らしいので、そちらも調べてみると
http://www.jabba-net.com/jabba/data/paper/data_tp_03.html
毎年3月末に名簿を作成
各都道府県の協会は毎年5月までに選手情報を本部に申請
などがありますが、問題は
(加盟・登録の変更)
第9条
1.(1)追加加盟:期日以降新しく結成されたチームは、都道府県協会がその事実を審査のうえ証明書、チーム加盟届書及び競技者登録届書とチーム加盟料・競技者登録料を添えて、協会に申請し、協会の承認を得て加盟・登録することができる。
(2)追加登録:従前一度も協会の加盟チームに登録されたことのない競技者については競技者登録届書に赤色を使用して所要事項を記入し、競技者登録料を添えて都道府県協会に提出し、前条2項の手続きを経て協会の承認を得るものとする。
2. 競技者の移籍があったときは、新所属チームは旧所属チームの同意書または資格審査委員会の許可書を添付して遅滞なく競技者登録変更届書を協会に提出しなければならない。

このあたりが重要になってきそうです。しかし、後々からの申請でもうけつけてくれてはいるようです。
経験者1名の「前のチームの了承」も取れるでしょう。部員とは確執があったようですが、チームの監督とかはちゃんと認めてくれるに違いない。名門の高校やらプロの世界なんかでは、「有力な選手を他チームで活躍させたくないから、可能な限り認めないでおく」とか、「最初から他校からのスパイとして所属していた可能性がある」みたいな理由で承認を拒否したりするケースもあるかもしれませんが、まあこれは小学生ですし。

他には問題はなさそうに思えます。
10年以上前にドッジ弾平を読んでいたころ、「スーパードッジ連盟は、チーム転属後1年の公式試合出場を原則認めていない」という説明を見たことがありました。そんな感じの規約の存在を想定していたんですが……

また、この申請は、「協会承認の日をもって有効」になるらしいですが、何か定例会議みたいなものを通すんでしょうか。ただ書類を受け取るだけで、申し込みから2,3日で承認されてもよさそうな気もします。
名簿みたいなものを作る以上、月に1度くらいじゃないと承認されないのかもしれません。
いずれ「無事承認されました」という通知が届いて、公式戦にも出場できるようになるのかな?
あと、もしエース(そしてメインヒロイン)の移籍に問題があったとすると、そのときは試合ギリギリのメンバーしかいない女バスは4人では出場できないのです。

……あれ?ひょっとして「控えにあと2人」とか必要だったりするのかな?もう一度調べる必要ありか。

2009年10月6日火曜日

autorun再び

人が集まって互いのプレゼンテーションな場面に立ち会うたびにウイルスもらってきます。私だけですか?みんなそんな感じでしょうか?

今回は発生源が結構身近なところのPCだったりしたので、とりあえず「ちょいと使わせてもらうよー」な流れでウイルスは消しておきました。 というか、ウイルスデータベースを更新してスキャンしたら普通に消えた。
でも、広まった結果どれだけ猛威を振るうかわからないものなので、状況を整理してから、関わった人全員にメールすることにします。もう問題発生から2週間くらいは経ってるはずだし、広まるところまでは広まっちゃってるでしょう。
今さら私が騒いで、「ウイルスがあるらしいから昨日はPCに触れなかった!」とかよりはいい。問題のウイルスっていうのも、

w32gammima (Norton)、Trojan Game thief magania (F-secure)、Win32:kamso (avast)
とかいうやつで、

動作:ネトゲーのパスを抜く

とかみたいなので、それほど問題になりそうな人が見当たりません。まあ、わかんないけど。

今回のautorunウイルスを見て思ったのが、どうやらWinXPにも影響がありそうな雰囲気。以前は、私はこれをVista以前のPCには無関係だと判断してしまったのですが、どうやら違う様子

autorun.infの中身を

[AutoRun]
open=file1.exe
shell\open\Command=file2.exe

とかで確かめた結果、下の内容ではfile2.exeが実行された。ちなみに、file1.exe, file2.exe共にただの実行形式の圧縮ファイル。

色々検証した人の中によれば、USBメモリのメーカーによって動作が異なり、ウイルス対策ソフト側でも上手く対処しにくい状況っぽいらしい。

この書式のautorun.infではXPでも動作することがある様子で、エクスプローラ(マイドキュメント、マイコンピュータなんかをダブルクリックすると出てくるファイル、フォルダを見るためのプログラム)上からUSBメモリをダブルクリックしたら、どうにもautorun.infを読んでいそうなメッセージが出ました。そのときは、アンチウイルスソフトが動作をブロックしたためウイルス起動は未然に防がれましたが。

また、この書式でも、挿しただけでは、私のPC、私のUSBメモリ(バッファロー製)ではautoplayによってはウイルスは起動しなかった様子でした。さした後に一定の手順で起動するのですが…
自動で行う操作は「接続と同時にフォルダを開く」だったのですが、多分、問題なくしばらく動いてました。(しばらくしてから一度USBメモリを参照しているエクスプローラの窓を閉じ、再び開こうとマイコンピュータからUSBメモリをダブルクリックした段階でアンチウイルスが警告を出した……だったと思う)

他のPC上でも、上のような実行形式の圧縮ファイルを解凍するかどうかでautorun.inf関連の動作を確かめてみた結果、WinXPのautoplayで読んだ結果でも、エクスプローラからダブルクリックしても反応しないものもありました。
今回、autorun.infはシステム管理のファイルという扱いになっていて、「全部のファイルとフォルダを表示」しても、表示されることはなかった。「保護されたオペレーションシステムファイルを表示する(推奨)」を、(一度警告を無視して)チェックを外さないと表示されない。

また、感染源になったPC上では、autorun.infの他はウイルス感染に関係しているファイル(batファイルになっているが、実行形式ファイルだった)がどうやっても見えない。感染している状態もUSBメモリをさしても、感染していない状態のUSBメモリをさしてもそれらのファイルが存在しないことになっている。そして他のPCに挿すとちゃんと見える。どうやってるんだろう?

参考にしたぺージ
USBメモリを介して感染するウィルス - だらだらやるよ。http://d.hatena.ne.jp/nagakura_eil/20080901/p1

AhnRpta.exe、xvassdf.exeとの闘い。 : パソコントラブル出張修理・サポート日記http://orbit.cocolog-nifty.com/supportdiary/2009/08/ahnrptaexexvass.html

2009年9月12日土曜日

ラプンツェルの翼とモンティホール問題

土橋真二郎の『ラプンツェルの翼』3巻読み終わりました。前後編の1巻目でしょうか。
次の巻に続く様子。

以下、ネタバレ


「A,B,Cの扉から1つを選べ」という問題がありました。そして、これはモンティホール問題と呼ばれるものの一種のようです。

3つの道があり、いずれかの道には怪物がいて、そいつと鉢合せしたら食べられてしまうというものです。
厳密な正解は与えられず、それぞれ、
Aの道「10人中、4人しか通り抜けられなかった」
Bの道「10人中、3人しか通り抜けられなかった」
Cの道「10人中、3人しか通り抜けられなかった」

と紹介されます。確率の問題であり、高い確率を選んだとしても、結果的に不運にも遭遇してしまうことはあるはずなのですが、これは知能ゲームの一種です。もっとも生存率を高い方法を選べば、結果的には「怪物に会わず、通過することができました」となり、つまりそのまま課題クリアということになるのだそうですが……
問題発表以後、この問題はAの正解率40%、Bの正解率30%、Cの正解率30%として、通過できる合計が100%のうち、「3つのうち1つだけある正解どれかを選ぶ問題」として主人公らに認識されています。

それでいいのか?とちょっと思いました。合計が100%になるのは偶然なのかどうか。
3つの道には気まぐれに出歩いている怪物がおり、それに遭遇しやすい道、しにくい道があるという程度だと思っていました。その場合、3つのルートが、それぞれ80%、70%、70%とかでもいいんじゃないか?とも思い、少々主人公らの考え方が「決め付け」にも見えたものでした。

……よく読んでみれば、結局、これは偶然ではなかったようでした。
条件のところに、「道に立ちふさがる怪物は2匹いて、2匹がいないもう1つの道を選べば正解です」という説明もちゃんと入っていました。

2匹の怪物が、3本の道に、それぞれ60%、70%、70%で配置されることになります。こちらの配置率の合計は200%になります。2匹いるのですから。 そして、通過できる可能性の合計は100%になります。空いている道は必ず1箇所だけなのですから。

仮に4本道に2匹の怪物だったら、通過できる確率の合計は200%、怪物配置率の合計は200%、
4本の道に3匹の怪物だったら、通過できる確率の合計は100%、怪物配置率の合計は300%となります。


それはそうと、最初に書いたとおり、この問題はモンティホール問題というものの一種になるようです。
時に「パラドックス」とも紹介される、難解な問題です。
私は今回初めて知ったので、これを読んだとき、何か間違ってるんじゃないかとも思いましたが……

有名な問題であることは2chの土橋真二郎スレを見て知ったのですが、以下の記事を見てようやく納得しました。
モンティ・ホール問題 - Wikipedia

DOFI-BLOG どふぃぶろぐ ネコでもわかるモンティホールジレンマ


猫でもわかるほうを見て、ようやく分かった気がします。
分かった気がするものの、どこか気が晴れません。結果は理解しましたが、どうしてこの結果が出るのかのロジックを100%は理解できていない気がします。どうにも気持ち悪いです。

10の選択肢から1つを選ぶとかだと、もう異論を挟む余地がありません。しかし何か自分の言葉で上手く表現できるまではがんばってみたい気もします。


そこで、もう一度、3つの選択肢の問題で考え直してみました。

AとBとCから1つの正解を選ぶ設問で、プレーヤーはAを選んでみた。
→ディーラーがCをオープンにした。
……このとき、
・Aが正解で、B,Cから無作為に選んだ
・Bが正解で、Cを選ばざるをえなかった

のように、B,Cいずれもが不正解である場合と、Bは実は正解だからディーラーには選べなかったという場合があります。
このときディーラーは、こちらが選んだAを見せてくれるわけでもない。かといって、うっかり正解をポロリしてくれることもありえない。明らかに人の意思が絡んだ…つまり、確率論上の説明でよく見かける「無作為な」行動ではない。確実に、不正解の選択肢の中身が明かされることになっています。

このような、ディーラーの意図的な行動の結果、
・1/3の確率でプレーヤーが正解を引いてしまっていた場合、B,Cからランダムに選ばれることになる。
・残りの2/3の確率においては、プレーヤーが選ばなかった2つのうち1つが正解なのだから、そっちをめくるわけにはいかず、ディーラーは意図的に正解を外した選択肢を選んでみせなければならない。つまり、2/3の確率でプレーヤー、ディーラーが協力して正解の選択肢が燻り出されている状況が作りだされる。

よって、プレーヤーの手の下にある選択肢の正解率は1/3で、プレーヤーが選ばず、ディーラーもまた選ばなかった(選べなかった)選択肢の正解率は2/3である。


……という形で、どうやら私にも理解できたのでしょうか?
どこか、まだ間違ってる部分があるかもしれませんが。


前に見た、「宿のボーイと消えた1ドル」みたいな問題を思い出しました。

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa68004.html
30ドルではなく、3000円の問題もあったようです。
トリックというか、問題を解くための方法はちょっと違いますが。
でも一種の叙述トリックなのかな?そうなると、土橋真二郎作品にもそこそこ近いネタなはず。

もう1つの問題は、「3人の帽子の上のジレンマ」? 名前がよくわからない
3人の帽子(の上の玉)のジレンマ? - 囚人のジレンマλ[λ] ?
http://d.hatena.ne.jp/mind/20050827/p1